子供の頃、祖父に縁日でポンポン船を買ってもらって、お風呂で遊んだ想い出があります。
船の後ろに突き出た管にストローなどで水を入れておいて、中の水貯めをロウソクの炎で熱すると、管から水が出てきて船が進むというおもちゃです。(下の写真はAmazonにリンクしていますが、そこで他の写真もご覧頂けます。)
つい最近まで、ポンポン船が進む原理は、中の水が熱せられて水蒸気になり、その圧力で管から水が押し出されることによって進むだけの単純な構造だと思っていました。そして水蒸気がどんどん増えていって、水を出しきったら、その後は熱し続けても進まないものだと思っていました。
ところが…
NHKの大科学実験でポンポン船の実験を見たとき、その正しい動作原理がやっとわかってとても感動しました。
大科学実験ではポンポン船の構造を、中が見えるようにフラスコとガラス管で下図のように構成して、フラスコの中の水を外から熱するという実験をしていたのですが、ガラス管の中の水が、ガラス管の口から水中に出たり入ったりして、振動するようにずっと往復運動を続けていたのです!
ポンポン船の原理。 スターリングエンジンを彷彿とさせる。
(上のアニメーションGIFは、スマホだとパソコン表示モードにするとうまく見えると思います。)
大科学実験の映像では、フラスコ内には水蒸気で満たされた空間が存在して管の中の水だけが往復運動する様子がよくわかりました。水蒸気が管の先から水中に出てしまうこともなく、上図のように管の中の一定の範囲で往復運動をします。あとで調べたところ、これは自励振動と呼ぶ現象らしいです。
そして、この往復運動によって水蒸気の気圧が周期的に変化して、ポンポン船の名前の由来でもあるポンポンという音が出ることもわかりました。音が出る理由は、船の中で水を貯めている金属容器の、平坦な薄い部分が、水蒸気圧の変化でペコペコするためです。
往復運動する様子をよく見ると、フラスコの中の水蒸気が膨張してガラス管の中の水を押しながら、ガラス管の先の方まで水蒸気が達すると、水蒸気が冷やされることによって収縮して一気に外の水を吸い込んでいることがわかりました。もう少し正確に書くと、排出した水の残りが管の内側に付着していて、水蒸気がそれに触れることによって冷えて収縮すると考えられます。(排出した水は直前に管の外から吸い込んだ水なので冷たいのです。)
それと同時に思い出したのは、大人の科学の付録のスターリングエンジンです。スターリングエンジンとは、空気が熱で膨張したり冷えて収縮することを繰り返して動くエンジンです。ポンポン船の原理も基本はスターリングエンジンと同じなのだと思います。
実際には、ポンポン船の場合は空気ではなく水蒸気を冷やすので、圧倒的な速さで体積を減らすことができます。水蒸気が冷えて水に戻ると、約1700分の1の体積になります。たとえば水蒸気を満たして密封したドラム缶や一斗缶に外から水をかけると、水をかけてすぐに凹んでしまいます。ガラス管の中の水蒸気が、瞬間的に体積が減るというのは想像しがたいかもしれませんが、ガラス管の内側に触れた瞬間に水に戻って体積が1700分の1になるわけです。そしてそれがガラス管の内面の至る所で起こっているのです。
大科学実験の映像では、往復運動が始まるまでの最初のうちは、気体が管の先から水中に漏れる程度に出ていました。この理由については、最初のうちはフラスコ内には水蒸気だけでなく普通の空気も存在するので、中の気体を管で冷やしても十分には収縮しないため、フラスコの方からの圧力が勝って空気も混じった気体が管の先から出ていたのだと思います。そして管の口の付近で水蒸気と水との境界面が小さく振動し始めて、 徐々に大きな往復運動になっていました。往復運動が始まったあとは、水蒸気が水中に出ることはありませんでした。
さらに感心するところは、ポンポン船では管が2本使われています。それによって水で冷やすための表面積を増やし、また冷やす水蒸気の体積が増えるようにして効率を上げるように工夫されている点も見逃せません。もっとも、ポンポン船の発明者が管を2本にした理由は、中にストローなどで水を入れるときに、出口も作っておかないと水がうまく入らないからではないかとも考えられます。
番組では管の中を水が動いていることに軽く触れたあと、水蒸気が水を押し出して進むとだけ解説していましたが、管の中で水が往復運動することこそがポンポン船のキモで、船の中の水がいつまでもなくならずに、熱し続ける限り進み続けるのです。水蒸気を利用したスターリングエンジンを搭載した船、と言っても過言ではないかもしれません。
管の中の水の動きが往復運動するにもかかわらず、船が前方向だけに進む理由は、水を管から押し出す時には水が管に添って排出されるためベクトルの方向が揃っているので推進力となりますが、一方、外から管に吸い込む時は、水中の管の口の一点だけで圧力が下がって四方八方からの水を吸い込むことになり、ベクトルの和がほぼゼロになってしまうため推進力にはならないのです。このため水を排出するときだけ船に反作用が生じて前に進むことになります。
さらにさらに…
フラスコの内側とそれに繫がる管の内側には、パスカルの原理が働いています。つまり、断面積の小さな管の中の水蒸気が冷えるときには、容積の大きなフラスコの方に大きな力(減圧)を及ぼし(油圧ジャッキと同じ原理)、これがポンポン船の場合には金属の容器を凹ませて音を出すほどの力になります。逆に、フラスコの中の水蒸気が膨張するときには、その先の管の断面積が小さいために、大きな速度で水を排出して強い推進力を生むと同時に、一気に管の先端近くまで水蒸気が到達し、冷やされる水蒸気の量が急激に増えるので再び勢いよく収縮します。
おまけでもう一つ付け加えるなら、子供が遊ぶ玩具なので、熱いお湯が管から出てくるわけではなく、周りから吸い込んだ水をそのまま吐き出すという繰り返しによって、管からは熱くない水が出てくるということも、おもちゃとしては完璧です。
シンプルな中にもこれら多くの科学的な要素と工夫が集約されているポンポン船は、(発明者には失礼ですが、)もしかするとその発明者もそこまでは思ってもみなかった偶然の産物かもしれません。
とてもシンプルながら、科学的に見ると奥が深いおもちゃです。
侮れません。恐るべし、ポンポン船!
最近、遅ればせながらライトフィールドという技術を知り、さらに2011年ごろに発売されたLytroのカメラのことを知って感動しました。http://www.lytro.com で見られる、例えばタンポポの綿毛の写真の中で、任意の場所をクリックするとそこにピントが合います。しかも、この写真の中で、クリックしながらポインタを動かす、つまりドラッグするとそのすごさがわかります。
(なんと、この製品を解析したわかりやすい論文があります。
→ http://www.cc.kyoto-su.ac.jp/~kano/pdf/paper/2013%20MOC%20Lytro.pdf)
そこでこの技術を調べているうちに、トンボなどの昆虫の目は、その小さな体でも立体視ができるように複眼になっているのではないかという、あくまで仮説ですがそんな考えに辿り着きました。
立体視をするには複数の視点からの「視差」が必要ですが、人間の場合は目の間隔が6cm以上もあるので大きな視差が得られ、目が2つあれば、近くからある程度の距離までは十分に立体視ができます。この「ある程度の距離」というのは、おそらく人間が自力で動けるスピードで行動する際に不自由を感じない距離なのでしょう。そして人間よりもスピードの速いトンボでは、障害物を避けて飛んだりするためにもっと遠くまで立体視ができているのではないでしょうか。
ここで、頭の小さな昆虫は視差を大きくできないので、その小さな視差の分解能を高くする、つまり小さな範囲にたくさんの目を持つことで、その小さな範囲で見える僅かな違いや、天敵などの僅かな動きを感知することができているのではないかと思います。
ライトフィールドを応用したLytroのカメラは、直径3cmに満たない小さなレンズを通して、その内部(イメージセンサーの直前)にさらに複眼的なレンズを持ち、その一つ一つの「目」が最初のレンズから入る全ての光を記録します。なのでイメージセンサーに写る画像はそのままでは意味のないものですが(意味のないという点ではホログラムのフィルム画像のよう)、パソコン側でその画像を処理することによって、立体的な奥行き情報が生成されます。
この、パソコン側で奥行き情報を生み出す比較的簡単な処理を、昆虫の脳がアナログ的(ニューラルネット的)に行っていると仮定すると、昆虫には景色が立体的に見えているはずです。(見えるというよりも感じるのかもしれません。)
遠くから飛んできて、細い棒の先にピタッと器用に停まるトンボを見ていると、きっとそうにちがいないと思ってしまいます。
余談ですが、もし立体カメラを作るのにこのライトフィールド技術を使うとすれば、Lytroのような3cmにも満たないレンズのカメラでは、人間にとっては接写したもの(Lytroのサイトで見られるような画像)しか奥行き感を得ることはできないと思います。
それは人間の目の間隔が、このカメラのレンズの直径に対して大きいためです。ライトフィールド技術を使って、汎用の立体カメラを作るには、人間の両目を覆うくらいの大きなレンズを持つカメラが必要なのではないでしょうか。(あるいは表示する際に大画面で見ればいいのかもしれません。)これは先の昆虫の話(視差が小さくても、その中で分解能を高めればよいという話)と矛盾するようですが、人間の脳は複眼に対応した信号処理はできずに、2つの視点から大きな視差で見た場合しか立体に見えないように学習してしまっているからでしょう。
でもそのような大きなレンズを使ったシステムが実現すれば、両目を結んだラインを水平方向だけでなく縦方向にしても、立体的に見えることになります。つまり、寝転がって見ても立体的に見えるテレビが実現することになります。これは、Lytroのサイトにある先の写真において、左右方向だけでなく上下方向や斜め方向にポインタをドラッグしても、陰に隠れた部分が見え隠れすることからもわかります。
昆虫の多くは羽根を持っているため3次元的な移動ができるので、人間のような前後左右の方向の立体視だけではなくて、それに上下方向の軸が加わった立体視を行う必要があり、昆虫にはきっとそんな立体視が、あの複眼によってできているのではないでしょうか。このこともLytroのサイトの写真から推測できます。
参考文献:「ライトフィールドカメラLytro の動作原理とアルゴリズム」 蚊野 浩
2014.6.14 追記
Lytroのサイトのサンプル写真のURLが変更になっていて、今は https://pictures.lytro.com/ に沢山のサムネールが掲載されています。このうちのどれかを選択して開くと、上記のような体験(ピントの深度が変わる体験と、上下左右斜め方向の視点移動により立体感を感じる体験)ができます。
2012年1月7日の「世界一受けたい授業」で、竹内龍人 先生が不思議な立方体を使った目の錯覚を
紹介されていました。この立方体をペーパークラフトとして自分で作ってみたので、興味のある方は
下のファイルをダウンロードして作ってみて下さい。コツは片目で見ることです。壁や板などに
裏側の中央の角を固定して、宙に浮いたような状態にするか、下の角(例えばのりしろの端)を
指で持つだけでも立方体のように見えます。そうやって固定しておいて、顔(視点)の方を上下左右に
動かすと立方体が不思議な動きをするように見えます。
壁などに固定するには、ゴム粘土などを壁に付けて、そこに立方体の中央の角を付けるか、
手っ取り早く済ませるには粘着テープなどを適当に丸めて、壁と、立方体の中央の角を粘着します。
下の絵を右クリックしてリンク先をファイルに保存するとPDFでダウンロードできます。
または、クリックして表示されたページを別名で保存してもできると思います。